マトソンの特許
こんばんは。パーカーです。
今日のブログは、マトソンマニュファクチャリングカンパニー(Matson Manufacturing Co.)の歴史についてです。
Allen Antiquesでは、マトソン製の商品を多く取り扱っております。
マトソンといえば、アメリカのバニティアイテムメーカーとして知られていますが、沿革や歴史など情報はあまり見当たらない状況です。
前から気になっていたので、マトソンのことを独自で調査しました。そしたら、特許や新聞記事でインターネット・本にも書かれていない歴史がありました。
先ず、マトソンの創業者、レオ・マルダー氏をご紹介します。
レオ・マルダー氏
レオ・マルダー(Leo Marder)氏は1896年10月12日、ニューヨークのマンハッタン区に誕生したユダヤ系アメリカ人です。マルダー氏はコーネル大学とニューヨーク大学に行き、金属製造業に携わるようになりマトソンを創立しました。マトソンが創業された年は不明ですが、1924年に初めてマルダー氏がミラーのデザインの特許を取り、1930~60年代に渡り数々の特許を取ったことが分かります。
1947年12月28日付のニューヨーク・ブルックリン区の地域紙、ブルックリン・イーグル紙には、レオ・マルダー氏は「今週のブルックリン人」として紹介されました。その記事には顔写真とマルダー氏の履歴が詳しく書かれています。
記事によると、マルダー氏はマトソンの社長を務める他、病院や地域センターに貢献する寄付基金団体の代表として活躍していたことが分かります。
同じ記事にはマトソンの工場はブロンクス区にあること、そしてマルダー氏の当時の屋敷の住所も書かれています。
マルダー氏の屋敷(ニューヨーク・ブルックリン区)
マルダー氏の1967年付のミラーハンドルの特許を取った時には、マトソンの工場はニューヨーク郊外のロングーアイランド市に移転されていたことが分かります。
1976年にレオ・マルダー氏が他界し、その頃には長男のアイラ・マルダー(Ira Marder)氏がマトソンの社長に就任しました。1987年に一切の特許権がフロリダ州のエドマー社に譲渡され、翌年1988年に東京都台東区の株式会社ナコンに譲渡されましたが、その後倒産しました。
現在は、マトソンに真似たデザインの中国製商品は存在しますが、マトソンのマークがなくゴールドの色合いも異なり、元祖のマトソンは1980年代には無くなりました。
よって、これからマトソン製品は希少価値が上がりつつ、ハリウッドリージェンシー様式の代表的なものとしてより有名になってくるでしょう。
本物のレオ・マルダー氏が自らデザインを監修したマトソン製の商品を引き継ぎ収集し、コレクターの皆様にご用意させて頂きたいと思います。
2014年11月
アレン・パーカー